ボツリヌス菌は、長さ4~8 mmの大型細菌で、食中毒の原因菌です。ボツリヌス菌が産生する神経毒素は、体内に入ると神経の末端でアセチルコリンなどの神経伝達物質の放出を阻害します。そしてヒトや動物は筋肉が麻痺し、最悪の場合死に至ります。ボツリヌス神経毒素は無毒タンパク質と結合した“複合体”を形成しており、無毒タンパク質は神経毒素を消化液から保護するヨロイの役割をします。毒素が混入した食事を食べると、神経毒素はこのヨロイによって消化から保護され、腸まで届いて体内に吸収され、食中毒が発症します。1951年、北海道の岩内町で “いずし”を食べた14人の方が食中毒になり4人の方が亡くなりました。日本で最初のボツリヌス食中毒の記録です。それ以来120件以上のボツリヌス食中毒が報告され、今でも2~3年に一度発生しています。以前は致死率が20~30%と高かったのですが、血清療法が確立され、幸い1986年以降死亡例はありません。ボツリヌス毒素は食中毒の他に、乳児ボツリヌス症や創傷ボツリヌス症を引き起こします。乳児ボツリヌス症は、生後1年未満の乳児がハチミツなどに混入していたボツリヌス菌の芽胞を摂取して起ります。腸管内で菌が発芽・増殖して毒素を産生し、神経麻痺の症状が出ます。年に1~2例が報告されており致死率は1~2%です。創傷ボツリヌス症は、けがをした部位に芽胞が入り込み発芽・増殖し、産生された毒素により神経症状がおきます。欧米では散発的に報告がありますが日本では報告はありません。
芽胞
ボツリヌス菌が属するクロストリジウム (Clostridium) 属やバチルス (Bacillus) 属の細菌が、栄養や酸素などの生存環境が悪化すると休眠状態となって形成する、種子のような構造物。熱に強く、通常の煮沸では不活化しない。芽胞は環境が良くなると発芽して通常の細菌の形態(栄養型)にもどる。